本稿は、漢字「意」の成り立ちに焦点て、その構成要素である「心（こころ）」と「音（おと）」の文字解釈から、心臓の拍動という身体の根源的な反応であり、意識的な思考に先行する、身体が自律的に求める方向性や反応と捉えるとした先行解釈をさらに進め、「意識」に焦点を当てる。
「意」は、心臓の「ドクン」という物理的な拍動の度合いを、心身の状態を映し出す「意」として読み解き、それを識（しき）る「意識」の「意」細分化とその集合体としての認識方法が、脈診における脈の細分化解釈と重ねることが可能であると定義し、「意」から「意識」、「心」の動きから「心臓」の拍動から脈へと思考を重ねることを本稿の目的とする。
ここに草稿を書きすすめる。
甲子園鍼灸治療センター
今後の考察すべき点は、「意識」とは生体内のすでに識別された反応が意として心臓の拍動に集約されたものとであるととらえるのか、それとも、識別するのは第三者であって意識とは観察者が識別鑑別したものの総体とすべきかを明確な論旨として組み込んでいかねばならない。
意識の身体学的起源：心臓の「音」を識（しき）ることで生まれる認識の集合体
1. 序論：先行研究「意」の再定義と「意識」研究への接続
本稿は、先行研究において提唱した漢字「意」の根源的解釈を基盤とし、その上で「意識」という概念の東洋医学的・身体学的起源を考察するものである。先行研究では、「意」を、漢字の「心」と「音」の字源的統合から、「心臓の鼓動を伴う、言葉になる前の意識の初動、すなわち『こころの音』」と定義した。この解釈は、古代中国人の心身一元論的な認識を再評価するものであり、意識が身体の最も根源的なリズムと不可分であることを示した。
本稿は、この「意」の概念をさらに発展させ、「識」を心臓の拍動である「意」を種類分けし、識別する認識作用と定義する。そして、「意」と「識」が結合することで成立する「意識」を、単なる抽象的な思考や知覚の集合体ではなく、心臓のドクンという多様な身体反応を分類・認識する機能の総体として捉え直すことを目的とする。この新たな意識のモデルは、脈診をはじめとする東洋医学の身体知が、いかに高度な認識作用であるかを学術的に説明する可能性を拓くものである。
2. 「意」の多様性と「識」による種類の識別
先行研究で提唱された「意」の概念は、心臓の拍動が単一の「ドクン」として存在するのではなく、外的・内的刺激に応じて多様な「質」を持つことを前提としている。例えば、危険を感じた際の「速く、硬いドクン」と、安らぎを感じた際の「緩やかで、深いドクン」は、物理的に異なる「こころの音」である。この「意」の多様性こそが、「識」という概念を生み出す出発点となる。
漢字「識」は、その字源において「言」と音符の「戠」から構成され、一般に「見分ける」「認識する」「識別する」といった意味を持つ。本稿では、この「識」の機能が、心臓のドクンという「意」の種類の違いを感受し、分類する認識作用そのものであると解釈する。
- 物理的刺激から身体反応へ： 外部の刺激（例：美しい景色、危険な音）は、まず心臓の拍動という形で身体的な「意」を引き起こす。
- 「識」による分類： この身体的な「意」の「質」（強さ、リズム、深さなど）を、脳を含む身体の認識システムが自動的に「識別」し、分類する。この識別作用こそが「識」である。
この解釈は、認識が抽象的な情報処理に先行して、身体の最も根源的な反応の識別から始まるという、身体化された認知の視点と合致する。
3. 「意識」の再定義：心臓の「音」と認識の集合体
「意識」という漢字は、「意」と「識」が組み合わさったものである。先行研究と本稿の解釈を統合すれば、「意識」は以下のように再定義できる。
「意識」とは、心臓のドクンという多様な「意」の反応を、身体が「識」によって分類し、その情報を統合・集合させた認識の総体である。また、「意」を第三者によって分けられたものが「意の総体」としての意識であるのか、心臓が捉えらた様々に識られた様相に対する総合的な「意」を意識と呼ぶのかは表現に見当が必要である。だが、「意識」というものが集合体であるという表現に相違はなかろう。
このモデルにおいて、「意識」は単一の脳機能ではなく、身体の各部位から発せられる情報（心臓の拍動、筋の緊張、内臓の動きなど）が、心臓の「意」を起点として「識」によって整理され、統合されたダイナミックな状態である。
この解釈は、東洋医学における「心は神を蔵す」という思想とも共鳴する。「神」とは意識や精神活動の座であり、それが心臓に宿ると考えられてきた。本稿のモデルでは、心臓が「意」を発し、その「意」が「識」によって識別、そして統合されることで「神」が生まれる、すなわち、心臓の物理的な働きが意識の基盤となるメカニズムを具体的に説明する。
4. 鍼灸の脈診における「意識」の感知
この「意識」の再定義は、伝統鍼灸における脈診の有効性を学術的に説明する強力な根拠となる。
脈診は、単なる拍動数の測定ではなく、脈の「質」から患者の臓腑の状態や精神状態を読み解く診断法である。この時、指先に感じる脈の「ドクン」は、患者の「意」そのものである。その脈の「質」（例：緊脈、緩脈、渋脈など）の違いを識別する行為こそが、「意」を識（しき）る技術であるとも言える。
つまり、脈診を通じて、患者の言葉にならない、身体の奥底に秘められた「意」の種類を「識」別し、その集合体である患者の「意識」の状態を感知しているのである。これは、脈診が単なる技術ではなく、患者の心身を統合的に理解する、「意」を「識」る行為であることを示唆する。
5. 結論と今後の展望
本稿は、先行研究で定義された「意」を基盤に、漢字「意識」の根源的な意味を、心臓の拍動を「識」ることで生まれる認識の総体として再定義した。このモデルは、意識が身体の最も根源的なリズムに根差し、その多様性を識別する能力によって成立するという、新しい視点を提供する。
この解釈は、東洋医学の身体知が持つ深遠な洞察を学術的に説明するだけでなく、現代の意識研究や身体化された認知科学にも新たな示唆を与えうる。今後の研究では、このモデルに基づき、脈診と患者の精神状態の関係性を定量的に検証することや、他の東洋思想との比較考察を進めることで、その妥当性をさらに探求する必要がある。